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最高裁判所大法廷 昭和22年(れ)105号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

被告人両名辯護人池田久上告趣旨は「原審判決は「被告人大谷泉之介は・・・・・・被告人柴田市太郎と懇意の間柄となった・・・・・・右共謀に基いて第一、昭和二十一年六月三日頃被告人大谷は被告人等の投宿した同懸北村山郡大石田驛前最上屋旅館において右転出證明書用紙三枚に萬年筆、墨汁、青インキ等を使って(イ)世帶主秋山常吉がその家族四名と共に(ロ)世帶主秋山常吉の家族四名が(ハ)世帶主小林清治がその家族四名と共にそれぞれ同懸東村山郡津山村大字山元部落第四隣組から同懸北村山郡龜井田村に転出する旨の転出證明書參通を作成しほしいままにそれぞれ発行者として津山村長山口栄吉の氏名を書きその名下に有合せ印を押して僞造を遂げ同日被告人柴田は龜井田村役場に赴き係員に對し右転出證明書參通を真正のもののように装うて一括して提出し係員を誤信せしめ世帶主を秋山常吉とする家庭用米穀配給通帳世帶主を小林清治とする同通帳を受取り更に同日同郡大石田町山形懸食糧營團新庄出張所大石配給所に赴き係員に對し右通帳二通を提出しこの通帳によって正當に配給を受ける權利があるものと誤信させて即時同所で秋山常吉及びその家族の配給分として百二十キログラム……の米を受取ったものである省略第二、第三、第四、第五(略同様の事実認定)と判示し之が法律の適用として被告人の判示所爲中各転出證明書僞造の點は刑法百五十五條第一項第六十條その行使の點は同法第百五十八條第一項第百五十五條第一項第六十條に……その行使の點は同法第五十八條第一項第百五十五條第二項第六十條に詐欺の點は同法第二百四十六條第一項第六十條にそれぞれ該當するものとしてその所定刑期の範圍内で被告人大石を懲役二年に被告人柴田を懲役一年に處したり而して右判示事実に依れば被告人等は共謀の上米穀配給通帳に依りて當該配給機関より配給米として之が騙取を遂げたりとなしこれが行爲に對して刑法第二百四十六條を適用問擬せられたるものなり然れども本件被告人等が僞造或は變造転出證明書に依り當該村役場係員より米穀配給通帳を騙取し當該通帳に依り更に現実に米穀の配給を受けたるは通常財産罪の犯人が恰も當該賍物に付真の處分權限を有るものの如く裝ひ他に賣却し其の金員を得ると同樣事後の處分行爲にして何等法律上の責任を問擬せらるべきものに非ず然るに原審は更に此の點を詐欺罪に該當するものとして刑法第二百四十六條第一項に問擬したるは同法の法律の解釋を誤りたるものにして原判決は法令に違反し到底破毀を免れざるものと信ず」と云うのである。

しかし賍物を處分することは、財産罪に伴う事実行爲であって、別罪を構成しないこと勿論であるが、騙取した米穀通帳を配給所へ提出して係員を欺罔して米穀を騙取することは更に他の新法益を侵害する行爲であるから、ここに亦犯罪の成立を認むべきこと理のまさに然るところであって、右の事実を目して單に騙取した米穀通帳の事後處分たるに過ぎないと見るべき謂われはない。それ故に、本件において被告人等は判示僞造転出證明書を判示各村役場係員に提出して、これを行使し同係員を欺罔して米穀通帳を騙取し、更にこれを判示各配給所係員に提出欺罔して判示各配給米を騙取したのであるから、被告人等はこの騙取事実につき刑法第二百四十六條第一項に規定する處罰に服さなければならない。從って、判示事実に對し判示の如く右法條を適用して被告人等を處斷した原判決は、まことに正當であって、その間毫も所論の如き違法の廉はない。論旨は理由がない。被告人柴田市太郎辯護人泉谷清一上告趣意は「第一點原判決は刑の量定甚しく不當であると思料すべき顕著な事由があり破毀せらるべきものと信じるその根據はつぎのとほりである1、本件が発生した社會的基盤は終戦直後の官民を問はざる道義空白時代であることは公知のとほりであり本件を発生せしめたものは被告人の惡性ではなくして左様な社會的基盤であり井は遠く戦争開始に遡るものである被告人の罪名は複雜であるがその犯罪態様は單純であり且倭少なものであって當時の社會的基盤の上に発生した発覺した或いは発覺しない他のもろもろの同種事件には比すべくもない稍稍調整した本件判決時の法律感情からでなく発生當時の社會情勢を尺度として本件を見た場合被告人に對する実刑は量刑失當である2、被告人は本件発覺後長期に亘り勾留せられたのであるがその未決勾留日數の一部しか本刑に通算されない原則として未決勾留日數の全部を本刑に通算するのが憲法の精神なりと思うが原判決は事茲に出でず憲法違反であると思う斯る長期に亘る未決生活に於て被告人は悔悟遷善し保釋出獄後は石炭坑夫として真面目に働き家族の糊口を凌いでゐるのであるが之に對して実刑を科したのは死屍を摧るにも等しく無情無益な措置であり量刑過重であると思う3、憲法第二十五條によればすべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を營むの權利を保障されてゐるのであるが本件実刑の宣告によってこの被告人の家族に對するこの保障は破壊されたものであり家族の生命はもはや覺束ない意識しつゝ人民に對する此の最低生活權の保障を破った原判決は違法違反であり量刑過重であるみぎ陳述する」と言っている。

然しながら論旨2、にいうように原則として未決勾留日數の全部を本件に通算するのが憲法の精神であるということは、憲法の何れの條規からも推論し得ないところである。上告趣意書も亦その論據を示していない。更に3、の論旨を貫徹するならば、生活困難な家族を有する者はどんなに大罪人であろうとも、これに実刑を科するのは、憲法違反だという不合理な結果となる。憲法第二十五條が国家の刑罰權に對して、かような不合理な制限を加える趣旨でないことは、論を俟たないところである。その他の論旨は、要するに量刑不當ということに歸する。然しこれは日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に関する法律第十三條第二項の規定により、適法な上告の理由ということができないので論旨は理由がない。

よって裁判所法第十條但書第一號刑事訴訟法第四百四十六條に從い主文の如く判決する。

以上は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 三淵忠彦 裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 庄野理一 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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